イナズマ ケンキュウジョ

色々な場所へ投下したSSのリファインしたもの。 現在は「涼宮ハルヒの憂鬱」がメイン。

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【未完成】また、ゆきとなる日まで。

 驚愕発売記念にずーっと載せていなかったルソーの話、『human language』の書き足し版!

 ……と思っていたらエロいシーンのデータが吹き飛んでしまいオイラ涙目。
 と言うわけで途中エロいシーンが突然カットされてる未完成交響曲っス。
 だからパンツあげろ。



※ 読まれる前にもう一度だけ言っておきますよ?
※ 途中のエロシーンは突然ばっさり終わりますからね?


・また、ゆきとなる日まで。

【human language】

 それはある日の昼休み。俺は弁当と依頼品を持って部室を訪れていた。
「よう、長門。相変わらず昼間も読書か」
 こくりと頷く長門を横に、俺はいつもの指定席ではなく団長の席につく。目的はパソコンだ。
 電源をいれパソコンが立ち上がる間に、俺はお茶を二人分入れる。
 一つを長門に渡し、自分の分を持って再度着席。
 弁当と依頼品を広げつつネットブラウザを立ち上げると、俺は検索エンジンを基点に様々なサイトへとアクセスしだした。

「…………」
 ふと気づけば長門がこちらを見つめている。いや、正確に言うなら『俺の持ってきた依頼品を』か。
「ああ、これか? これは『犬の言葉がわかる機械』だよ」
「翻訳機?」
「そこまで大したもんじゃないけどな。阪中のなんだ、これ」

 それは特にこれと言った深い事情も、宇宙的未来的超能力的な陰謀も無い、まさに日常茶飯事至極簡単な話であった。
 今日の朝、阪中はこの機械を俺たちに見てもらえないかと聞いてきた。
 昨日、阪中が親友にして家族である愛犬ルソーにつけて遊んでいたら、突然電源が落ちて起動しなくなったのだとか。
「苦手なのね私、こういう機械とかって」
 機械に疎いらしい阪中一家は自力修理をあっさりと断念。メーカー修理に出そうという話になった。
 ただ、メーカーに出す場合戻ってくるまで一ヶ月近くかかってしまうケースもあると聞く。
「でも、実は簡単に直るかもしれないのね。電池交換とかみたいな感じで」
 そう考えた阪中は、修理に出す前に一度誰かに見てもらったらどうかと両親に提案してみる。

「そして阪中一家から白羽の矢を立てられたのが、かつてルソーを救った実績のある我らSOS団だった、という訳だ。
 後は団長閣下からの勅命さ。『あんた、とりあえず見てみなさいよ』ってな」
 俺が簡単な事のあらましを伝える間、長門は『犬語翻訳機』を手に取り興味深く見つめていた。

 さて、もう少し検索してトラブルQ&Aとか探してみようと思っていた矢先、
「装置の一部に電圧異常を確認。これが原因と考えられる」
 長門はあっさりと故障の原因を見抜いてしまった。流石は宇宙の神秘、インターフェースはダテじゃない。
「直せそうか?」
「修復可能。ただ、もう少し詳しく調べてみたい」
 明日まで預かるって言ってあるからそれは問題ない。珍しく能動的な長門に、俺は内心嬉しく感じていた。
「それじゃ、そいつの修理は任せていいか」
「いい。私自身もこの装置に興味がある」
 長門は目の色を少しだけ輝かせながら頷いた。


 翌日。長門から修理されて少々形の変わったブツを受け取ると、ハルヒと共に阪中へと渡す。
 やばい所を開けたんでメーカー保障が効かなくなったが、その分サポートは長門がしっかり行うらしい。
 俺の知る限り、世界一優秀なサポートセンターとなる事だろう。
「助かったのね、ホント。ありがとう」
「有希にかかれば、それぐらいどうって事無いわよ」
 そして放課後、阪中が喜んでいた事を長門に告げ、この件はあっさりと終了した。



 ──そう。少なくとも、この時の俺は『この件はあっさりと終了した』と全く疑いもしなかった。

- * -
 翌日。俺は阪中に翻訳機の調子を聞いてみることにした。
「よう、阪中」
「なにかな、ルソー」
 阪中がこれ以上無いというぐらいの、何ていうか至高だか究極だかといった謎の言葉がぴったり当てはまるぐらい幸せ全開な満面の笑みを浮かべて答えてきた。
 さて、俺はいったい何処から突っ込むべきだろうか。悩んだ挙句、まず俺はルソーではない事を阪中に確認させた。
「あ、ご、ごめんね! つい反射で」
 何の反射で俺がルソーになってしまうんだろうか。更に突っ込みどころ満載だ。
 今の阪中が相方ならあと十年は突っ込んでいけそうに思える。
 一体全体何が普段は大人しめのお前に、まるで俺の後ろに鎮座するヤツの様なヒマワリが咲き乱れると言った形容詞が似合う程の笑顔を浮かべさせ、まさに脳内ハッピーセット状態と言った状態へと陥らせているのだろうか。
 どうかその辺り、じっくりとご説明して頂きたい。

「えっとね、あの機械のおかげかな」
 あれが直ったのがそんなに嬉しいのか。よっぽどルソーと話したかったんだな、お前。
「もちろんなのね。あ、でもちょっと違うの」
 どっちなんだよ。相変わらず不思議で不器用な喋り方だ。俺が更に問いただそうとしたが、
「ほら始めるぞ。お前ら席に着け」
と、岡部がやってきてしまった為に話は中断されてしまった。
 まあ、とりあえずちゃんと直っているようなので問題ないだろう。長門の腕を疑ってるわけじゃないけどな。

 しかし、それから更に数日後の放課後。
「いったいどういう事だか説明しなさい」
 知らん。俺が誰かに聞きたいぐらいだ。

 特別教室を掃除しながら、俺はハルヒと二人で話していた。議題は『阪中の態度について』。
「何かさ、最初は阪中が……キョンの事を好きになったのかな、って思ったの。今思えばありえないバカ話よね。
 でももしそうだとしたら、キョンにたぶらかされてキズモノになる前に、友人並びに団長としてキョンを好きになるのだけはやめときなさいって注意するつもりだったのよ」
 誰がたぶらかしてキズモノにするっていうんだ。俺は理性の無いケダモノか何かか。
「でもさ、何か違うのよね。こう、恋って言うよりは全てを包み込む慈悲の心? って感じで」
 ハルヒの感想は実に的を射た答えだった。
 実はここ数日、阪中の様子が目に見えておかしくなっていってた。
 俺を見る態度が何故か慈愛に満ちたモノになり、俺が喋る言葉を一字一句逃さず聞きとろうと真剣な表情をみせる。
 いったい阪中の中でどんな心境の変化が訪れたというのだろうか。

「直接聞いてみたらどうだ?」
「うん……やっぱそれが手っ取り早いわよね。でも……」
 なるほど、一応ハルヒなりに気後れしていたわけか。だったら背中を押すのが俺の役目だろう。
「友達なんだろ。だったら普通に聞けば大丈夫さ」
「……わかった。今から聞きに言ってくる!」
 部活の真っ最中にかよ。はた迷惑この上ないから、今日一緒に帰るとかその程度にしておけ。
 今にも駆け出しそうなハルヒの襟首を捕まえ、俺は遠慮という言葉をハルヒに教えてやった。
 どうせ二秒で忘れるだろうがな。

- * -
 さて、更に次の日。
 阪中の『慈悲の心』病はどうやら伝染する事がわかった。なぜなら
「……いいなぁ、JJ。あたしも犬飼おうかなぁ」
「どうしたんだハルヒ、お前まで」
「え、あ、な、何でもない、わよ!?」
 あからさまに目に見えてまず間違いなくハルヒが阪中に病気を移されていたからだ。
 こりゃマジでやばいかもしれん。俺はそう思い、ハルヒ以外のメンバーを昼に緊急招集しこの事を伝えた。

「昨日の帰りに阪中さんのお宅まで一緒に帰られたのなら、下校中か阪中宅かで何か楽しい事があったのでしょう。
 昨日から涼宮さんの精神がプラス思考に不安定な状態を見せています」
 涼宮ハルヒ専門精神鑑定医の古泉が答える。まあどう考えてもそうだろうな。
「きっと涼宮さんはルソーさんの可愛らしさが改めてわかったんですよ。わたしも会いたいなぁ」
 それだけなら良いんですが。長門、お前はどう思う。
「情報不足。判断できない」
「ここはやはり現場百遍。阪中さんのお宅を訪れてみるのがいいかもしれません」
 阪中の家へ、か。確かにそれが一番手っ取り早いかもしれんな。だが、どう理由つける。
「翻訳機の様子がみたい、そう言えばいい」
 なるほど。それじゃその線で阪中に話をふってみる事にしよう。

「いつでも大歓迎なのね、わたしの方は」
 阪中は相変わらず満面の笑みを浮かべて答えてきた。それを横で聞いていたハルヒは片手を挙げて立ち上がると
「それじゃ今週のSOS団活動は、全員でJJに会いに行きましょう!」
 阪中に負けないぐらい笑みを浮かべてそう高らかに宣言した。



 そんな訳で土曜日。
 俺たちはいつもの場所に集合し、電車に乗って阪中宅へと移動した。何度みても人生に不公平さを感じる家である。
「歓迎するのね、いらっしゃい」
 阪中に迎え入れられて玄関をくぐると、廊下に目的のお方が鎮座していた。
「こんにちは、JJ! ハルヒが遊びに来たわよっ!」
 ハルヒが豪快に手を振って挨拶をする。後ろがつかえてるからとにかく靴を脱げ、俺がそう突っ込もうとすると


『おう、遊ぼうハルヒ!』
 聞き覚えのあるような無いような声で、ルソーがハルヒに答えてきた。



- * -
 あまりの出来事に一瞬凍りつく。今喋ったのはルソー、なのか? シャミセンの次はルソーだというのか?
 俺が目線を古泉に送る。これは一体どういうことだ。
 古泉は表情はそのままで、ただ瞳には困惑の色をみせるという器用な表情を浮かべていた。

「え、ど、どうしたんです、キョンくん。そんなはしゃいじゃって」
 後ろから朝比奈さんが何故か俺に聞いてくる。って、どうして俺に話を振るのでしょうか。
「だって今遊ぼうって答えたの、キョンくんでしょう?」
 更に話がこんがらがる。こうなったら最後の手段とメンバー最後の一人に目線を送ると。
「順調」
 もう訳わからん。どこがどう繋がっているのかわかる人間がいたら教えていただきたい。

「何やってんのあんた、まるでバカみたいよ? まぁバカで合ってるんだけど」
『バカ?』
 ルソーが返す。ハルヒは俺を無視してJJに語り始めた。
「覚えてるかなJJ。キョンに有希に古泉くんにみくるちゃん! みんなJJに会いに来たのよ!」
『覚えてる! みんな来た! 遊ぼう、遊ぼう!』
 マジで会話していやがる。とにかくどうすればいいのか考えをめぐらせていると、古泉がふと手を叩いた。

「……なるほど、そういう理由でしたか。それなら全てに頷けます」
 全然わからん。そこで一人納得するな。俺は古泉にどういう事かと詰問する。
 だが古泉より先に長門がこの奇妙な状況の解答を示した。

「喋っているのは翻訳機。順調。よかった」


- * -
「元々の翻訳機はあまりに稚拙。この惑星における既知の技術を逸脱しない範囲で改良を施した」
 ……逸脱してないのか、コレ。凄いな人類。全世界の技術を合わせれば犬と会話できるところまで行っていたとは。
「それにしたって凄いのね! ルソーがお喋りしてくれるのね!」
「凄くない。解析したルソーの言葉をサンプリングにより音声化しているに過ぎない」
 オーバーテクノロジーギリギリの範囲だと思うが、とりあえずそれはいい。
 お喋りどころかこっちの言う事をルソーが理解しているような気もするが、それも置いておく事にしよう。
 それよりも長門、一つ重要な事を聞かせてくれ。
「何?」

 何たってルソーのサンプリングボイスが俺の声なんだ。


- * -
 朝比奈さんが勘違いした理由はここにある。ルソーの言葉はどうにも俺の声で喋っているようなのだ。
 人間は自分の声を正しく認識する事はできない。
 自分が発音した声は、耳で聞くのと同時に直接頭蓋骨にも響いているからだそうなのだが、俺には詳しい事はわからん。
 それゆえ俺自身はルソーの声を聞いても「俺の声ってこんな杉田智和っぽかったか?」と少々首をひねる部分がある。
 ただ朝比奈さんや古泉が俺の声だと言っているので間違いはないのだろう。

「違和感の無いサンプリングボイスの作成には、数多の組み合わせに対応できる数多のデータが必要となる。
 わたしの持つデータの中で最もサンプルデータが多かったのがあなただった。だから」
 そう告げながら、長門は自分の胸にそっと手を置いていた。
 長門の所持するサンプルデータとは、それはつまり長門の記憶って事だ。
 コイツの事だ。きっと俺たちが今までしてきた会話の全てをその胸の中に記憶しているのだろう。
「記憶している。……わたしにとって、何よりも大事なモノ」
 それにしても俺が一番サンプル数が多いって事は、長門に関わった連中の中で俺が一番長門と喋ってたって事なのか。
 意外と言えば意外な事実に驚いた。


 お茶菓子として出されたシュークリームを食べながらハルヒが言ってくる。
「もう最初見て聞いた時はビックリしたわよ! なんせJJがキョンの声で迫ってくるんだから!」
 そう言ってルソーの方をみると、ルソーは今は朝比奈さんとじゃれているところだった。

「ルソーさん、こんにちは~。わたしの事はみくるちゃんって呼んでくださいね」
『みくるちゃん、覚えた。みくるちゃん遊ぼう、さあ遊ぼう!』
「ハ~イ、遊びましょうね~。くひゃっ、ルソーさん、舐めたらくすぐったいですよ~」
『遊んで遊んでー! みくるちゃん舐めちゃうぞー!』

 ……何だかもの凄く恥ずかしいやり取りを聞いてしまった。しかもアレは俺の声だ。
 穴があったらルソーと共に埋葬されたい気分になってきた。


- * -
「今の朝比奈さんのようにああしてルソー氏とたくさん遊んでいたからでしょう。
 あなたの声がルソー氏の声でもあるとお二方に刷り込まれた結果、教室でのあなたへの妙な態度となった訳です」
 俺が喋ればルソーが喋ってるようにも聞こえ、それで阪中が反応してしまっていたって訳か。

「そうなのね。ルソーがいる気分になるのね、声を聞いちゃうとどうしても」
「あたしも次の日は混乱したわよ。ギャップも激しいし」
 ギャップ?
「あんたは絶対あんな事喋らないでしょ?」
 ハルヒが頬を赤らめつつ、ニヤリと笑いながら再度朝比奈さんとルソーに視線を移す。

『みくるちゃん大好き! だから遊ぼう、遊ぼう!』
「ふあっ!? だ、だい、す……?」
『大好き! みくるちゃん大好き!』
 朝比奈さんは顔を真っ赤に染め、一瞬こちらに視線を送ってくる。
「あ、あはっ、あはは~~っ! いいですよー、どんどん遊んじゃいましょう~!」
 そして何かが切れたように、朝比奈さんはルソーをとにかく撫で回していた。
 俺は最後の理性でどうにかシュークリームを落とさないよう手に持ちながら、さて穴掘り用のシャベルはどこにあるのかと絶望と銷沈を込めた眼差しで部屋を見渡していた。

「みくるちゃん、JJの独り占めはずるいわよ!」
 ハルヒが手についたクリームを舐め、ルソーの下へと走り寄る。
『ハルヒも遊ぶ! ハルヒ甘い! ハルヒ大好き! ハルヒ大好き!』
「きゃっははははははっ! ル、ルソー可愛いーっ!! ほら有希もおいでよ!」
 手に残った甘味を舐められながら、ハルヒはちらちらとこちらに視線を投げてくる。
 そのまま俺の表情を伺いながら、コレ以上無いぐらいの笑いを見せつけてきた。
 絶対変な想像をしてる顔だ、あれは。


 ……は、はは、ははははははははははははははははははははははは。
 もう何ていうか笑うしかねえだろコレ。
 なんともいえぬ虚脱感と疲れが全身を駆け巡り、俺はただ笑いながらソファーに横倒れた。

 ハルヒに呼ばれ、長門もシュークリームをもふもふ食べながらルソーに近づく。
「ほらJJ。この子があなたの病気を治してくれた有希よ」
『有希、覚えた! 有希も甘い匂い! 有希大好き!』
 シュークリームの甘い匂いをかぎつけたか、長門のそばへと走っていく。
「有希?」
 ルソーを撫でながらそうぽつりと呟き、そのまま首だけ回して俺の方をじっと見つめてくる。
 ハルヒは既に笑いすぎて死にそうな状態だ。
「どう、有希! 可愛いでしょうJJ!」
「……ユニーク」

 長門、頼むから今すぐ声を変えろ。変えるんだ。変えなさい。変えてくれ。変えてください、お願いします。
 魂が抜け出るような脱力感を全身に受けながら、俺は心で涙を流しながら訴えた。


- * -
 そんな俺の悲痛な願いに、その場にいた全員が反応を見せる。

「ええーっ! いいじゃないコレ、あんたらしくなくてメチャクチャ面白いわよ!」
「そうですよ、キョンくん。せっかく長門さんが作ったんですから、このままにしておきましょうよ~」
「凄く寂しいのね、ルソーが話さなくなるのは」
「僕はあくまで涼宮さんに賛成です。わかってますよね?」
「……有希?」
 ハルヒが目に涙を浮かべながらヒマワリの如き笑いを浮かべ、朝比奈さんと阪中は瞳をブリリアントカットしたダイヤモンドに負けないぐらい輝かせ、古泉はいつもの調子で微笑み、最後に長門が数ミリ程度の寂しさを浮かべ、首をかしげて俺を見つめてきた。
 いや誰も機能を変えろとは言ってない。俺はただ、声を変えて欲しいと言っているだけだ。
「却下。団長命令ね」
 あっさりハルヒが返す。横では古泉が『ご愁傷様です』とでも言いたげな視線を送ってきていた。

 ダメだ、どう見たって旗色が悪い。朝比奈さんの表情なんて純粋無垢な最終兵器だ。
 俺は盛大に溜息をつくと、しぶしぶプライドとか尊厳とかがつまった心をボッキリ折る事にした。
「…………好きにしろ」
『オシッコー!』
 絶妙のタイミングでルソーが叫び、自分用トイレへと走っていく。
 全員がルソーを見つめ、次いで俺を見つめて同じ表情を見せる。変わらないのは長門ぐらいか。
 そうして一瞬後、全員がこれ以上無いぐらいの大笑いを始めた。古泉までもが目を押さえて本気で笑っていやがる。
 ああもう勝手にしやがれ、俺は倒れ込んでいたソファーにうつぶせ、何も聞こえないふりをした。

 かつてハルヒが望んだ通り、世界は楽しい方向へと向かっているようだった。


- * -

【human dream】

 阪中の家で飼うルソーに長門謹製の犬語翻訳機をつけた所なんと俺の声で喋り始めるという極めて特殊な羞恥プレイを体験したあの出来事がもう四年半以上昔に感じるのは俺がとっととあの一件を忘れたいと思っているからだろうか。
 だが現実はそんなに甘いものでもなく、話は阪中宅襲撃から数日後の放課後から始まる。

「いったいどういう事だか説明しなさい」
 知らん。俺が誰かに聞きたいぐらいだ。

 校舎裏を掃除しながら俺はハルヒと二人で話していた。議題は『阪中の態度について、再び』。
「何で阪中があんたを見ると照れるわけ? しかも尋常じゃないわよ、あの態度」
 どうにもここ最近、阪中の様子が前にもましておかしくなっていた。
 俺の声を聞くだけで顔を真っ赤にし、顔を両手で隠してイヤイヤと照れるポーズをとる。
 まったく一体どうしちゃったんだろうね。
「キョン。あんたまさか阪中に告白したとか、イヤラシイまねとかしたんじゃ……」
 なあハルヒよ。それは本気で俺に聞いているのか? だとしたら俺もそれ相応の態度を以ってお前に答えを返す事になるが。
「まさか。でも考えられる可能性を潰していくのは推理の基本でしょ」
 基本かも知れんがいきなり間違った推理からスタートするのもどうかと思うぞ。
 阪中と俺の声というキーワードでヒットする推理結果なんて、どう考えたって一件しかないだろう。

「ルソーがらみで阪中に何かあった、としか思えんな」
「むぅ……わかった。今から聞きに言ってくる!」
 だから部活の真っ最中に行くな。はた迷惑この上ないから、今日一緒に帰るとかその程度にしておけ。
 今にも駆け出しそうなハルヒの襟首を捕まえ、俺は遠慮という言葉をハルヒにもう一度教えてやった。
 どうせ一秒で忘れるだろうがな。


- * -
 そして次の日。
 阪中の『俺の声に反応し紅顔する』病もまた伝染する事がわかった。なぜなら
「……で、結局何かわかったのか?」
「ッ!? こ、こっち見るなっ! あと今日は声をだすなっ!」
 あからさまに目に見えてまず間違いなくハルヒが阪中に病気を移されていたからだ。
 頬どころか耳まで真っ赤にして顔を伏せる。笑っているのか照れているのかもうわからない。
 こりゃマジでやばいかもしれん。俺はそう思い、ハルヒ以外のメンバーを昼に緊急招集しこの事を伝えた。

「昨日の帰りに阪中さんのお宅まで一緒に帰られたのなら、下校中か阪中宅か……おそらくルソー氏がらみでしょうが何か凄い事があったのでしょう。昨日から涼宮さんの精神がプラス思考に激しく不安定な状態を見せています」
 涼宮ハルヒ専門精神鑑定医の古泉が答える。まあどう考えてもそうだろう。
「涼宮さん、またルソーさんに会いに行ったんだぁ……いいなぁ~」
 朝比奈さんの心は既にルソーの元へ飛んでしまっている。この二人に関しては大方予想通りの答えだ。
 さて長門よ、お前はどう思う。
「……情報不足、判断できない」
「もう一度阪中さんのお宅を訪れてみる、それが一番の解決法でしょうね」
 また阪中の家へ、か。確かにそれが一番手っ取り早いかもしれんが、今度はどう理由つける。
「いぬの様子がみたい、そう言えばいい」
 直球だな。それじゃその線で阪中に話をふってみる事にしよう。


 ……とまぁ、ここまでは前回とほぼ同じ様な流れだったのだが。
「え、えっと、今はダメなのね。ちょっとルソーが、ね」
 事態はここにきて新たな展開をみせてきた。まさか断られるとは思わなかった。それに加えハルヒまで
「そうよ。今JJは大変なんだから、みんなで押しかけたら迷惑でしょ!」
と阪中側にまわって援護してくる。よくわからんがルソーが大変な状態らしい。
「それじゃ、せめて長門と……あと朝比奈さんだけでもどうだ」
 JJが大変と聞けば朝比奈さんは純粋に心配するだろうし、長門ならルソーの状態がどんなでも何とかするだろう。
 女性陣二人と言うのも考えの一つだ。古泉を送り込んだら何をしでかすかわからんという不安もあるのだが。
 俺が提案すると、阪中とハルヒは何やら小声で相談を始める。

「みくるちゃんと有希かぁ……どう? 二人なら女同士だし……」
「……うん、いいのね。その二人なら。今日にする、家にくるの?」
「都合がいいなら。じゃあキョン、今日行くって二人に伝えてきて」
 へいへい。俺は了解するとまだ話し合う二人を残してその場を離れた。


- * -
 更に次の日。はてさて最初から数えてもう何日目だろうか、とにかく次の日だ。
 阪中とハルヒの『俺の声に反応し紅顔する』病は予想通りというか期待を裏切らないと言うか、これまた見事に朝比奈さんにまで伝染してしまっていた。
「うひゃあっ! キョ、キョンくん、すいませんが今日はあまり喋らない方が、そのぉ……」
「そ、そうよ! キョンは今日も一日喋るの禁止っ!」
 あーはいはい、わかりましたよ。俺は仕方なくオセロを持ち出して古泉と黙々対戦をする事にした。
 喋るのが禁止じゃウノもチェスも将棋もカードゲームもできないからな。
 テーブルトークなんて始めた日には部室を叩き出されるかもしれん。


 俺一人終始無言のまま部活を終え、みんながそれぞれ下校する。
 さよならも言えない俺はみんなと手を振り別れると、自転車を漕ぎ出し急いで家に帰った。妹の出迎えを受けつつ電話の子機を奪って自分の部屋に入ると、カバンを投げ出して早速電話を掛ける。
 きっかり三コール後、相手が無言の応答で電話に出ると俺は挨拶もそこそこに用件を切り出した。
「話がしたい。悪いが今から時間取れるか、長門」
『待ってる』

 子機を放り出し着替えを済ませると妹に出かけてくる旨を伝えて玄関を出た。自転車にまたがりいざ漕ぎ出そうとした時ふとした思い付きが頭をよぎり、俺は携帯を取り出すとハルヒに電話する。
 数コールの後、電子的劣化を伴ったハルヒの声が携帯から聞こえてきた。
『何? どうしたのキョン』
「また明日遊ぼう! ハルヒ!」
『ぶはっ! そ、そ、その口調で喋るなあーっ!!』
 狼狽しつつ叫ぶハルヒの訴えを聞く前に俺は電話を切る。とりあえず沈黙に沈黙を重ねため続けた二日分の鬱憤を言葉の弾丸にして返してやった。
 電話の向こうで慌てふためくハルヒの様子を思い浮かべて溜飲が下がった俺は、改めて自転車に乗り込むと一路インターフェースの根城へと舵を向けて漕ぎ出した。


- * -
 これで何度目だろうか。
 下手したらクラスメートの連中の家にいくより回数が多いかもしれないなと考えつつ、俺は長門の家を訪れていた。

「涼宮ハルヒ、並びにそのクラスメートと朝比奈みくるの情緒不安定は一過性のものであり問題ないと考える。
 いぬの状態に関しても問題ない。但し、この件に関してこれ以上の情報をあなたに開示する事は禁止されている」

 以上、長門による昨日の訪問結果である。
 長門は全て報告し終えたとばかりに自分の湯飲みを口へと持っていく。俺はコタツの向かい側でその姿を眺めながら長門に習い沈黙の中適温に保たれているお茶をすすり飲んだ。
 何かわかったようで実は何もわかってない。だいたい情報開示の禁止って言うのは何なんだ。
 誰がそんな禁止を発令したかなんてあえて聞くまでもないだろう。長門に命令できる人間なんて、悪いが俺はあの傍若無人な団長様ぐらいしか心当たりがない。
 ただじっと俺の事を見つめ続けてくる長門を見やりながら、俺は無い知恵を搾り出すのに頭を痛めていた。

 このままじゃ埒があかんと考え、とりあえず長門には俺が考えた今回の件についての推理を聞いてもらう事にした。
 それは別に構わないよな。
「構わない。あなたの推測を聞く事は禁止されていない」
 自分が説明した時よりも海洋深層水を思わせる深い透明感を加味した瞳をこちらに向けつつ長門は小さく頷く。
 長門の許可が下りたので、俺は早速自分が出した結論を長門に語る事にした。そう、

「ルソーは多分、『発情期』に入ったんだ」

……と。


 実のところ、俺は既にある程度原因を予想できていた。何だかんだで俺も一応家でシャミセンを飼っているわけで、猫のしつけとかを調べている際にそれは嫌でも知っておかねばならない重要な項目の一つとなるからだ。
 発情期という考えさえ導き出せれば、後は簡単だ。発情期の犬ってやつは、人間に腰を押し付けてくるぐらい発情してくる。
 さてそんな発情した犬がもし言葉を喋るとしたら、いったい何を言い出すだろうか。
 きっとルソーは今頃阪中の家で、卑猥で直接的な禁則事項を喋りまくっている事だろう。もちろん、俺の声で。
 そんなルソーの本能的語りを聞いてしまったから。だからみんな俺の声で照れてしまうと、こういう事だ。

 しかし翻訳機を止めるという考えは阪中には無かったのかね。俺の声を聞くだけであんなに顔を紅くするなんてさ。
 ……無かったんだろうな。例え禁則事項のオンパレードな言葉を語る状態であっても、ルソーがお話してくれると言う事実は、阪中にとってこれ以上無い幸せな状態なんだろう。

 これが俺の出した今回の件の結論だった。
 そして俺の推測が正しかった場合解決策なんてものは無い訳で、ルソーが落ち着くまで俺は一切の発言が禁止されると言う、なんとも長門ばりな沈黙キャラを演じなければならないと言うことだ。
 嘆息をつきながら古泉譲りの解説っぷりを見せた俺はお茶をすすりながら長門を見る。
 その長門はというと俺の意見に肯定も否定もみせずただじっと俺のことを見つめ返してくるだけだった。

 これも団長の情報規制のせいだろう。が、そこまで沈黙されると何となく口を割らせてみたくなる。
「どうだ長門、あってるか?」
「…………」
 長門はやはり肯定も否定もしない。
 まぁ普通に考えればSOS団きっての無口な万能キャラというポジションにいる上に緘口令まで引かれた長門の口を割らせる事なんてどうやったって不可能だろう。
 そしてこの緘口令は当然、長門だけでなく朝比奈さんや阪中にもひかれていると考えられる。
 まあいろんな意味で迂闊な朝比奈さんや、俺の声に過敏に反応してしまう今の阪下ならちょっとした変化球で攻めればあっさり解答を聞き出せなくもないだろう。だが俺に秘密を教えてしまったという事がもしハルヒにばれてしまったら一体どうなるか。それを考えると二人から無理に聞き出すこともはばかられる。
 残った選択肢としては緘口令を引いたハルヒに直接体当たりして解答を聞き出すしかない……ところだが。

「だがな、長門。実はもう一つだけ俺のこの推測を確かめる方法があるんだ」
 俺の宣言に、長門は更に瞳を深海へ潜行させたのかその色に更なる深みを帯びた煌きを見せつつ、数ミリ程度首をかしげて俺へと問い返してきた。
 そりゃ長門にだってわからないだろう。
 これは今の俺にしかできない完全な裏技だからな。その驚くべき効果は既に実証済みだ。
 俺はコタツをまわり長門のそばへ近づくと、俺の手を握らせる。その状態で長門の耳元へ顔を近づけると、できるだけテレないように、でも楽しそうにそっと一言だけ囁いた。


「……有希、しよう」


 刹那、長門の身体がビクッと震え、俺の手を握る力が反射的に強くなる。
 顔をこちらに向けると乳白色の頬を薄く朱に染めて、最深層に眠っていた驚きの色を瞳の奥に宿しながら俺を見つめ返してきた。長いこと長門と共に歩んできたヤツなら今の長門どれだけ驚いているのか解る事だろう。

 阪中からハルヒ、そして朝比奈さんへと感染した頬を染める症状は長門には伝染しなかったのだろうか。
 去年の春、高校に入学した頃の長門ならおそらく感染しなかっただろう。
 だが気の遠くなるほど長い夏を、溜息交じりの撮影と宇宙戦争を行った秋を、そしてあの改変された冬を経て、俺たちと一年間過ごし、表向きは微々たる物だが内面的には劇的な変化を遂げた今の長門なら果たしてどうだろうか。
 感染している可能性は十分ある。少なくとも俺ならそちらにコインを賭ける。
 だから俺は先ほどハルヒにイタズラ電話してみたように、長門に迫ったであろうルソーの真似をしてみたのだった。

 まぁ正直、ここまでの反応を見せてくるとは流石に俺も思っていなかったが。


- * -
「悪い、長門。イタズラが過ぎたようだ」
 俺は謝りながら長門の頭を撫でる。でもこれでようやく確信できた。やはり俺の予想通りルソーは発情期を……。
 と、そこで長門の様子がなんだかおかしい事に気が付いた。先ほどの驚き以降、顔を見ても感情が読み取れない。
 反応を見る為に握らせていた手は、俺が痛くない範囲で先ほど以上に強く熱く握ってくる。

「長門?」
「…………うかつ」
 どうしたと俺が言葉を続ける前にぽつりと一言だけ呟くと、長門はぐらっと上半身を俺の方へと倒してきた。
 何事かわからぬまま、それでも反射的に身体を受け止める。お互いが向かい合ったまま抱き寄せている形となり、そんな状況に気づいて少し照れる。
 だが長門は、俺の手を取ったまま身体を預ける状態で、焦点の定まらない視線を何処かへ送っていた。

「この件に対し、わたしはあなたが取るであろう手段を可能な限り網羅し、シミュレートしていた。
 その対応策、回答例、エラーに対する抵抗手段、あわせて七百十通りの回答ロジックをわたしは事前に用意していた。
 ……でも、あなたの取った行動はその中になかった」
 長門が静かに語りだす。

「この行動は考えなかった。想定外。うかつ」
 何を見つめるでなく中空に投げられていた視線が、ゆっくりと俺の姿を捉え始める。
「……かつて無いエラーが発生している。わたしはそれを安定させたい」
 俺に抱かれる形で下から見上げてくる格好を取る長門を見ていると、何だか真っ白だった色にぽたりと一滴、
新たな色がさりげなく混ぜられたような、そんな感じに見えた。
 いや、そんな事はどうでもいい。今は長門の安定が最優先だ。それで何か俺にしてほしいのか、長門。
 長門は頷くと俺の瞳を見つめたまま呟く。

「もう一度呼んでほしい」
 何をだ。
「わたしの名前。エラーの原因がそれである可能性が一番高い。まずはそれを確かめる」
 名前? 名前って……もしかして。俺がさっきルソーの真似をする為に呼んだアレの事か?
 何故そうなるのかはわからないが、俺は長門の言う通りにしてみた。
「有希」
「……、……」
 更に一滴、長門に色が染まっていく。何だろう、この感じは。

「……わたしはあのいぬがどんなに生殖行為を求めてこようと、そこにあなたの姿を重ねることはなかった。
 またわたしにとっては生殖行為に意味はなく、故に涼宮ハルヒやその級友、朝比奈みくるのように一種の興奮状態、いわゆるトランス状態に陥ることもなかった」
 犬が俺の声で卑猥な言葉を喋っただけで、それと俺の姿を重ねてしまうのもどうかと思うがな。
「だが、あなたは犬との共通点を発生させてしまった。両者の決定的な相違をあなたは取り払ってしまった」

 思い返せば前に阪中の家に行った時こいつはときどき首を傾げていた記憶がある。あれは俺の反応を見ていた訳ではなく、ルソーがお前の事を「長門」ではなく「有希」と呼ぶのが気になっていたという事だったのか。
 小さいながらも長門にとってはそれがルソーと俺との明確な差だったが、俺が先ほど有希と呼んでしまったせいでその差を取っ払われてしまった、と。

 つまりあれか、長門。まさかと思うが今のお前は自分にとって意味はない事だと考えていた。
「そう、トランス状態。これはあなたの責任」
 少しだけ強く長門がもたれかかってくる。
 腕の支えはあっさり崩壊し、俺は長門を抱いたままフローリングの床へと倒れこんだ。


- * -
 長門を上に乗せたまま、一秒とも永遠とも思われる時間が過ぎる。
 その間物寂しい部屋に聞こえてきたのは冷蔵庫の駆動音とアナログ時計の秒針を刻む音。
 そして時と共に速まる俺自身の鼓動と、まるで眠ってしまっているのではないかと思えるほど身動き一つとらない長門が発する小さな息遣いだけだった。
 あまりの事に、インターフェースもちゃんと呼吸とかするんだななんてどうでもいい事を考えてしまう。
 ところでこの状況、一体どうしたらいいのだろうか。

「わたしの目的は涼宮ハルヒの監察」
 沈黙を破ったのは意外にも長門の方だった。
「現状陥っているトランス状態はわたしの目的遂行にとって全く無意味な状態。よってわたしは即座にこの状態を沈静化し精神を正常状態へと戻さなければならない」
 長門は俺の上に乗しかかり胸に顔を埋めたままで、その混乱した思いを言語化する。
「方法は二つ。一つは発情した犬の状態を確認してから現在までの範囲の記憶の消去。わたしにとって全て無かった事とする」
 普段と変わらない淡々とした口調で語ってくるが、それを口にした時の本当に微妙な変化を俺はかろうじて感じ取れた。

「……もう一つはどういう方法だ」
 どんな理由であれ、記憶の操作だけはするべきではない。それが長門の、しかもメンタルな部分に関係する事ならなおさらだ。
 だからそれ以外の方法があると言うのなら、俺はどんな方法であれそちらを選ぶべきだと思っていた。
「もう一つは推奨できない。あなたに負担が掛かる」
 構うもんか。だから教えてくれ長門。お前をトランス状態にしてしまったのは俺だ。俺にできる事なら何でもしてやる。
 俺の言葉に長門は少しだけ、先ほどよりも数ミクロン深く俺に身体を預けてくると、顔をこちらへと向けてきた。
 深淵の海にたゆたう小船が小さな光明を見つけたかのような瞳で静かに、でも熱く見つめてくる。

「もう一つは」
 結局二つ目の選択肢を選ぶ事になったのだが、だがその選択肢を選んだがために、俺はこの後とんでもない状態に陥る事となる。
 なぜならもう一つの方法とは。


「もう一つはトランス状態を受け入れ、あなたに全てを委ねるという方法」


- * -
「あなたとあのいぬのイメージをあえて混在させ、その上で充足感を得る事で抗体を作成しトランス状態を解除する。以降今の状態のいぬに接触したとしても、抗体がある限りトランス状態に陥ることは無い。これがもう一つの案」
 それはその、つまり、何だ。俺が発情期に陥ったルソーの真似をしてお前に襲いかかれと、そういう事なのか。
 俺の上に圧し乗る長門は相変わらず見上げるような形で、その瞳に狼狽した表情を浮かべた俺の姿を映したまま小さく頷く。

「わたしは抵抗しない。それと」
 長門が少しだけ身体を上へと動かし、俺の首筋に顔を近づけると小さく甘噛みしてきた。何を、と思う前に映像が脳裏を駆け巡る。それは長門にルソーが駆け寄り「有希! 有希! しよう!」とはしゃぎながら舐め尽くし、更には腰を擦り付けてくる内容だった。
 これは長門の記憶か。つまりこれを参考にしてルソーを真似ろと、そういう訳なんだな。
 目だけで頷き、そのまますっとまぶたを閉じると、長門は俺に圧し掛かったまま全身の力を一気に抜いた。
 思わず長門を支えようと両腕を回して身体を捉える。先ほどよりも僅かに早く浅い呼吸音を、俺は長門と触れる全ての部分で感じ取った。

 とは言ったもののさてどうしたものか。俺の見せてもらった記憶だとルソーが舐めてるか腰振ってるかの二択だったんだが、まさか長門に対して腰を擦り付けながら振りまくる訳にもいくまい。
 そんなの誰がどう見たってただの変態だ。
 二択の片方が消えた事で必然的に俺がすべき事が確定したわけなんだが……本当にそんな事して良いのだろうか。
 変態度ではどっちも似たり寄ったりのような気がしてきた。

「……やはり推奨できない」
 長門が目を閉じたまま静かに呟く。
「わたしの記憶を改ざんする。それで全て」
「ダメだ。それだけは、ダメだ」
 俺は長門を抱きしめたまま首を振る。記憶の改ざんか、長門への羞恥プレイか。どうやらこの時間軸にはそのとんでもない究極の二択しか選べないらしい。
「だがこの方法はあなたに負担を掛けている。それはわたしにとって不本意」
 そして悩む時間も無いとくる。どうやら本気で覚悟を決めるしかないようだ。

「負担じゃない、自分に躊躇ってたんだ。だが決めた……長門、イヤだったらちゃんと言ってくれ」
 そのまま俺の身体から降ろし横にすると、俺は長門の手を取るとゆっくりと舌を手の甲に這わせた。
 長門の手の甲に夕陽を受け光り返す唾液の線が走る。これでどうだ、長門。
「情報不足。更なるパターンを要求する」
 やはり一度ぐらいじゃダメか。俺は再度長門の手を口元へ近づけるとそのまま数度、色々と舌の動きを変えて這わせてみた。おかげで長門の手の甲は俺の唾液でべっとりとした状態だ。汚いから後でちゃんと手を洗うんだぞ。

「へいき」
 何がどう平気なのか解らないが長門は瞬きを加えて肯定する。そのまま何かを小さく呟くと、長門のセーラーとカーディガンが輝きだした。そのまま制服が光の粒子となって霧散していく。おそらく制服に対して情報連結解除を行ったのだろう、気がつけば長門の上半身は胸を包む簡素なスポーティブラのみの姿という状態になっていた。
 突然の脱ぎっぷり──これを脱ぐと表現して良いのかは微妙だろうがそれはともかく、長門のこの不可解な行動に俺は当然のごとく質問をあびせることにした。

「長門、何故服を脱ぐ」
「情報不足……更なるパターンを要求する」
 なんとなく答えは予想できていたがな。


- * -
 手首から二の腕へと舌をそっと這わす。ふと視線を投げれば長門はそんな俺を夕陽に煌く玻璃のような瞳で見つめ返してきていた。
 何というか気恥ずかしいのであまりじっと見つめないでくれないだろうか。
「抗体作成のイメージに必要」
 俺の赤面ものと言うか実際赤面状態での訴えはあっさりと却下される。仕方がない、長門の視線は極力気にしない事にしておいて俺はただひたすら長門を舐める事に専念しておこう。
 ……改めて考えるととんでもない事を決意している気もするが、キリがないのでこれ以上の思考は止めておく。

 二の腕から上腕へ。ひじ裏の間接のくぼみを経由して舌は長門の肩へと歩みを進める。時折変化を加える為に様々な物を注入する長門のごとく腕に甘噛みを行ったりもしてみる。
 一年間アウトドアだった団活動によりそこそこに肉がついた俺と違い、ふにょんとした柔らかさが伝わってきた。
 こんな柔らかな腕で朝倉やカマドウマとやりあったりホームランをかっ飛ばしたりしてきたのかと思うと何だか不思議な気分になってくる。俺は横になる長門に被さっていた状態から頭を持ち上げを見つめ返すと、そっと長門の頭に手を置きつつ自然に言葉をつむぎだした。

「色々とありがとうな長門。いや、抗体を作る間は有希と呼んだ方が良いのかな」
「……あなたのお礼の意味が不明」
 長門にしては珍しく瞳孔を少しだけ動かし驚愕の意を見せる。そのまま何かを逡巡したように感じたが、それも一瞬で
「でも、いい」
そう短く一言だけ、簡潔に答えてきた。
「そうか。そんじゃ改めて……色々とありがとうな、有希」
「いい。それより」
 あぁ解っている。俺は長門の反対側へと移動すると、もう一方の手を取りまたゆっくりと舌を泳がせた。


- * -
 長門の肩から腕にかけてを俺の唾液でべたべたにし尽くしたところで一息つく。腕を持ち上げ、脇の下にまで舌を這わせたりもしたのだがこそばゆくなかったのだろうか。
「へいき」
 相変わらずの単調な回答を示してくる。平気と言うならそう言う事にしておこう。それでどうだ、抗体とやらは作れそうか。

「作れなくはない」
 長門にしては珍しく曖昧な回答だ。
 いつの間にファジーな回路を搭載したのだろうかと感心しつつどういう事かさらに尋ねる。
「現状でもある程度のサンプルは揃ったが、より多くのサンプルがあった方が確実な抗体を作成できる。現時点の収集したサンプルで抗体を作成した場合、失敗する可能性がある」

 かなりのサンプルを提供したと思ったんだがな。それで失敗するとどうなるんだ。
「抗体は興奮剤となり私のトランス状態が悪化、沈静化の為により強い抗体が必要となる」
 要するに確実に成功するぐらいサンプルが揃うまでこの行為を続けたほうが良いって事か。
「いい」
 トランス状態が続いているのか、長門はいつもの無表情とは数ミリずれた表情を浮かべている。雪山のダウンした時のような雰囲気に近いがその表情に苦痛はなく、俺の長門思考スキャン能力が確かならむしろその表情は何かを期待しているように汲み取れた。

 何と例えれば良いのか解らない現状に頭を抱えて毎度の嘆息を漏らすと、俺はもう一度手を取り更に唾液の重ね塗りを開始しようとする。だが
「腕は十分。他の場所を」
 十分と言われても、腕がダメなら何処にすればいいんだろうか。女性に対するモラルという一般常識を考えながら却下とする場所を省いていくと、残った候補は足と背中の二箇所ぐらいとなる。

「うつ伏せになってくれ」
 言われるままに長門がころりと身体を転がすと、ショートボブを左右に流し覗かせる首筋から腰まで真っ直ぐと伸びた背筋が現れた。よく見るとうっすらと床の跡が付いているのに気づき、そういえばずっとフローリングの上に寝かせていたなと思い当たった。
「どうする、布団にいくか? あ、でも唾液とかが布団につく方がアレか。だったらタオルとかでも」
「へいき」
 今日何度目かの平気という回答。いや実際平気なのかもしれないが、やっぱり床にごろ寝状態は何となく問題のように思える。せめて頭ぐらいは何か敷いてやろうと、俺は着てきたウインドブレイカーを脱ぐと平たく丸めて長門の顔元に差し出した。
 こんなもんでも無いよりはまし、枕の代わりぐらいにはなるだろう。

 汚れるからと長門は一度は拒否してきたが、俺が引かずに枕にするよう進めると
「わかった」
そう了解し、うつ伏せで軽く横を向く長門の下に置いてくれた。そのまま静かに瞳を閉じ、これからの行為をただじっと待つ。
 俺は長門に覆いかぶさるような体勢をとると、口を肩へと近づけて擬似ルソー体験を再開した。


- * -
 肩から肩甲骨の上をそっとなぞり首筋へ。そのままゆっくりと下に降り、肩甲骨によって小さく隆起している部分へと舌を這わす。
 長門はくすぐったさに身体を悶えさせる事もなく、ただじっと動かずに俺の行為を受け続ける。できるだけ長門に対して俺の体重がかからないようにしているが、それでも体勢が苦しいのだろうか、舌を這わす背中の動きと俺の服に埋もれた顔から微かに聞こえてくる呼吸音が、長門がさっきまでと違い深くゆっくりとした息をしているという事を伝えてくる。そんな呼吸だとウィンドブレイカーについた埃やら俺の汗とかも吸ってしまいそうな気がしてならない。

 だが俺は大丈夫かと長門に尋ねるような事はしない。尋ねたところで長門は今までと同じようにただ「へいき」としか返してこないだろう。
 長門を本当にに楽にする為には、とにかく多くのサンプルを提供するしかない。
 俺はそう肝に銘じてワンパターンにならないよう背筋に指を這わすイタズラのように舌をなぞらせたり、わき腹に軽く甘噛みしてみたりと動きの変化を適度に加えていきながら、まるで左官屋がモルタル壁を塗り込めるかのように長門の背中を端から余す所無く俺の唾液で塗りつぶしていった。

 腰のラインまで降りてきた舌はでん部を覆う布地のゴムが入った白いラインで一旦停止する。そのままラインに沿って左右へと舌を這わせようとしてそのラインが何のラインなのか認識し、
「っていつの間にスカートまで脱いだんだ!?」
俺は思わず大声を上げてしまった。あまりに自然な流れにスルーしかけたがさっき情報連結解除して脱いだのは上半身だけだったはずだ。余計な色が一つもない長門の背中を見つめつつ、そもそも脇やら背筋やらを舐めていた時点で気づくべきだったと思い直した。
 俺の記憶が正しければ長門はスポーティなブラをしていたはずだ。それもいつの間に外したのかと。

 ……とはいえ長門にわざわざ解答を聞くまでもなく、つまり俺の知らない間にという事なのだろうが、それにしたって思い切りよすぎだ。そんな格好をされると正直目のやり場に困る。
 長門は服の枕に埋めていた顔を少しずらしこちらを見つめる。言葉はないがその目はただ一言「問題ない」という内容を伝えてきていた。
 そんな長門の様々な思慮が込められた視線を受け思い出す。長門の記憶を守る為の選択であり、もう躊躇わないと腹を括った決意を。俺は自分に言い聞かせ再度長門の背を舐りだした。背筋から右の背筋へ移り肩へと戻り、肩甲骨を渡り歩いて左側をなぞり降りる。
 唾液が夕陽を僅かに照り返し、まるで軟体生物が徘徊したような筋を浮かび上がらせていた。


- * -
 腕を軽く持ち上げ胸が見えない程度に脇の下まで舐め尽したところで一息つく。精神的にも自分の舌的にも少し休憩が必要だ。陽は既に落ち、壁と天井を照らしていた陽光も薄れ部屋の中に夜の帳が下りだす。
 明かりを点けに行く雰囲気でもないし、むしろ視界が悪くなるほうが今の俺としては好都合だと考え、俺は横になる長門の頭を何気なく撫でながら今後について考えていた。

「どうだ長、……有希。そろそろ舐め方や噛み方のネタが尽きてきているんだが」
 それに舐める場所もな。うつぶせに寝そべる長門の首筋から腰周りまでで俺が舐めてない場所は無い。
 今はうつ伏せていて見えない前面や尾てい骨付近は誰がどう考えたって禁則事項というか禁断の領域なので、後は足ぐらいしか残っていない状況だ。
 ここで長門が合格を出してくれれば俺としても嬉しい限りなのだが。

「かなりのデータが集積された。抗体は作成可能」
 うつ伏せ状態のまま長門がぽつりと呟く。それを聞いて俺は言葉通りほっと一息ついた。
 だが続く言葉を耳にしたとき、俺はほっとついた一息も実は溜息と同属であり、息をこぼすことで幸せを逃してしまっているのだという新しい学説を思い至る事になる。

「だが先に計算した強さの抗体が今のわたしに効く可能性は極めて低い」
 極めて低いって、それは一体どういう事だ。思いもよらない結果に愕然としながら尋ねると、長門は三拍間を置いてから語りだした。
「あなたの行為によりトランス状態がより強くなってしまっている。わたしにとって予想外の状況」
 つまり俺が舐める事で確かに抗体の威力は増加したが、それ以上に長門自身が興奮してしまったと言う事か。
 より抗体の力を強める為のサンプル収集のはずが結果的に逆効果になったと。
 まさに青天の霹靂、風が吹いたら桶でど突かれる、文芸部室の扉を抜けたらそこは奇妙奇天烈な団が我が物顔で占拠している状態を見せられたような気分だった。簡単に言うなら頭が痛い。

「あなたのせいではない、わたし自身のせい」
 眉間に手を当てがっくりとうな垂れている俺に声がかかる。いや経過はどうあれきっかけを作ってしまったのは俺なのだから責任は俺にある。長門は、いや有希は悪くな……。
 消沈していた顔を上げつつ、俺は高揚と謝罪を織り交ぜたようななんとも微妙な表情を浮かべつつ正座している長門にそう言い掛け、そこで言葉というか息が詰まってしまった。
「ま、待て待て待て待て長門っ! その格好で正座はヤバイだろというかすまんっ!」
 俺はとっさに謝りつつ慌てて顔をそむける。上半身裸というかパンツ一枚の状態だというのに何の躊躇いも無く正座している為に、本来なら女性が恥じらう姿と共に隠すであろうべき部分が夕闇の室内にさらけ出されていた。
「構わない。女性胸部に興味を示すのは男性としての本能」
 いや構ってくれ、頼むから。何かかぶせる物はないのかと長門を見ないように周囲に視線を走らせていると、
「あなたも部室に於いて一日平均1.43回、朝比奈みくるの胸部に対し何らかの反応を示している」

「参考までにあなたが部室に於いてわたしの胸部に反応を示したのは入学式以降から今日までで通算4.81秒。
 止め絵主体の地方ローカルCMの放映時間や人通り激しい地域の横断歩道青色点滅時間にも満たない長さ」

「更に参考までにあなたが部室に於いて涼宮ハルヒの胸部に反応を」
「すまん長門、俺が悪かった」
 何がどう悪いのかは解らんがとりあえず土下座状態で平に謝る。これ以上長門に語らせてはいけないと俺の本能が最大最高レベルの危険信号を発していた。
 と、床を見つめていた俺の視界に淡い桜色をしたものが二つ入ってくる。それが正座していた長門の膝だと認識したところで俺の頭にそっと両手が添えられると、そのままそっと優しい力で、だが僅かに抵抗する事も許さないという強い意志がこもった力で前方に座する長門の方へ引き寄せられた。
 控えめに存在する外見とは裏腹に柔らかい感触が俺の額に当たる。そのままくいと顔をあげられてしまい、俺は腰を浮かせた状態で長門の胸に顔を埋める姿勢にさせられてしまった。
「あなたにとってわたしの胸は観測対象外だと認識している。でも、今のわたしには必要な最優先事項」
 頭から両手を離して腕を回してくる。そのまま逃がさないようにか少しだけ力を込めてくる。
 結果、俺の頭部はしっかりと長門に抱きしめられてしまう事となり、それすなわち仄かに朱をおびた長門産の二つの丘陵を顔中の五感で体感する状態となっていた。

「行為を。それと、有希」

 いったい俺は何処で選択を誤ったのだろうか。それとも今此処にいる選択こそが正しいというのだろうか。俺は脳内で自分の人生最終話、そのスタッフロールが流れ始めるのを感じつつ未開の地へと一歩、いや一舌を伸ばし始めた。

- * -
 ヘッドロックを緩めてもらうと、俺は長門丘陵中央部の低地部分から上方の首筋へと微速前進で舌を這わす。
 同時に正座状態の長門をゆっくりと押し倒し、俺のウィンドブレイカーを下敷きにして仰向けに寝かせる。上半身につられ起き上がった膝は俺の身体の両脇に立てられ、俺は長門の両足の間に入る感じで身体に覆い被さった。
「なが……、有希。これで最後にする。だからもう一度だけ尋ねさせてくれ」
 唾液の中心線を胸から首筋まで引き、そのまま長門の顔を下から見上げるように望むと、俺は自分の甲斐性の無さ、不甲斐無さに情けなくなりつつも最後の一押しをしてもらう事にした。
「本当に、い……」

 そこまで発した所で俺は無理やり言葉を飲み込む。何を考えているんだ、一生後悔して生きるつもりなのか。
 長門の記憶を守るために何でもすると覚悟を決めたはずだ。ならば、これ以上は言ってはならない。
 言えば、この行為全てが「長門のせい」になってしまう。
 自分自身に嘘をつくな。長門をトランス状態にしたのは誰でもない、この俺だ。
 ならばこれは長門の為に仕方なくしたんだと、自分自身の心に、この行為に対する免罪符など求めるな。
 一度天を仰ぎ息を思いっきり吸い込む。そのまま下にいる長門へ視線を落として思いっきり吸い込んだ息を俺の心の弱い部分と共に吐き出すと、無造作に露出された長門の裸体を見つめつつハッキリと口にした。

「妥協も、中断も、取り消しも無しだ。完全な抗体ができるまで徹底的に続けるぞ、有希」
「構わない。それはわたしも望む事」
 長門はあくまでいつものまま、だが羽毛一枚にも満たないであろう比重の何かを乗せて俺に視線を返す。そのまま身体を起こすのに支えていた両手を握ってくると、可聴ギリギリまで絞った声を溢してきた。
「わたしが、今、求める事」

 長門に密着するよう低い四つん這い姿勢で覆いかぶさる。機から見ればまさに大型犬が少女を蹂躙しているかのような状況である事だろう。
 顎下から肩甲骨へと首筋を何度もなぞり、そのまま今度は右の肩甲骨を渡って肩から脇下へ。舌を這いずらせるだけでなく、時々移動を止めては集中的に舐めたり唇でついばんでみたり、はたまた口に含んで軽く甘噛みしてみたりと様々なバリエーションを持たせて与える刺激に変化をつける。
 時に長門よ、もはやルソーの真似でも何でもないような気がするがそれでもいいのだろうか?
「いい」
 俺の行為を光を当てたプリズムのような透明感と輝きを乗せた眼で見つめていた長門は小さく頷く。
「あなたにいぬのイメージを被せる抗体は既に効果なしと判断。あなたからいぬの状態を上回るより強い充足感を与えられる事により、以降トランス状態に陥ることは無い抗体を作成する。これが代替案」
 何度聞いてもその抗体と言うものがよく理解できないが、方向性に問題が無いのならまあ良しとしよう。

 胸を外側から回り込むように移動しアンダーへ。そのままなだらかな坂を頂点目指してゆっくりと登りだす。下や唇に感じるその感触は頬や太ももの柔らかさとはまた違い、乳白色のマイクロビーズクッションに仄かな芳香と温もりと低反発力を加味した女性特有にして長門用にカスタマイズ化されたであろう心地良い感触だった。
 情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。かつて長門は自分の正体が人間ではなくそういう存在であると俺に明かした。実際、宇宙的と呼ぶしかないデタラメな能力は何度も見て体験している。
 だがこうして改めて、女性としてもやや華奢に感じるその身体を目の当たりにすると、いったいこいつのどこが人間じゃないのかと改めて疑問に思ってしまう。
 なだらかな胸を登った先には雪肌に小さな桜色の果実を落としたかのようなニップルだって確かに存在するし、一般的男子なら誰だって見たい、触れたい、咥えたいと言うであろうそれを舌先で軽く転がすように舐めて刺激を与えてやれば、僅かなそれと共に本来乳を吸うべき赤子の為にとその身を隆起し己を主張してくる。
 ところで長門、お前に一つ尋ねたいのだが。
「有希」
 ……有希、一つ尋ねたいのだが。

「お前、感じるって言うの解るか?」
「感じる。外部的要因によって生じた刺激を認識する事、またその時の心の推移を指す」
 その回答は確かに間違っていないが今聞いているのはそういう事ではない。何て言うかこう敏感な部分を刺激されてくすぐったいだとか痛いだとかそう言った感情がお前に発生していないのかと、そう聞いているのだが。
「外的要因による刺激は感知している。でも許容範囲内、活動に支障はない」

 支障はない、か。
 一瞬長門に笛でも咥えさせ、刺激を感知するたびにその笛を吹いてもらおうかという考えが脳裏をよぎる。
 いやいや、どんなプレイだそれは。そもそも前提が間違っている。「敏感な部分を舐められたら気持ち良いに決まっている」という定義を長門に与えては意味がない。難しいところだが、長門自身が何かしらを感じ取り、自発的に表現してこそ始めて価値があると言うものだ。
 そして長門にはその兆しがある。最初の最初、俺が長門を「有希」と呼びトランス状態にしてしまった、その切っ掛けの時に俺にみせた反応。

「有希。俺の手を握ってもらえないか?」
「……」
 長門が沈黙を以って了承の意を表すと、言われたとおりにそっと手を伸ばし俺の手をしっかり掴んでくる。
はたして俺の目論み通り、この手が笛の代わりとなってくれるか。呼吸に合わせて上下する胸、その先端部分を口に咥え込むと舌をゆっくり一回転させて転がしてみた。
「…………」
 俺を掴んだ手が微動してくる。声は無く、表情も変わらず、瞳の透明度も同じだが、だが長門は手のひらからその身体に感じる刺激と心の変化を俺へと伝えてきた。




【以下、情報欠如。】
【終幕へ。】






- * -
「あなたは前に人の魂についてわたしに尋ねた」
 二人で裸で横たわりつつ味わっていた沈黙を破ったのは意外にも長門の方だった。
 トランス状態が沈静化しつつある長門は俺の上に乗ったまま、顔だけをこちらに向けてきている。
「あなたはわたしにも、インターフェースにも魂があると思う?」
 何だか逃亡した目標を狩る悩み多き賞金稼ぎのような瞳を浮かべつつ、えらく重い命題を出してくる。

 あるか無いかの二択なのだから答えるのは簡単だ。しかもこいつがどんな答えを求めているかも解る。
 だが俺はお前の期待に沿う事はできない。その命題に気安く答えられるほど俺はまだお前という人物の事もインターフェースという存在の事もちゃんと理解していないと思う。
 だから俺にその答えを出す事はできない。俺はそう気持ちを偽らずに長門へ告げた。

「……そう」
 長門は本当に微かに、普段だったら取りこぼしていたかもしれないぐらい小さな動きを見せる。
 淡雪のように刹那で消えたそれを掬い取れたのは、ひとえに長門の事を注意深く見ていたからに過ぎない。
 だが俺は確かに感じ取れた。長門が見せたその小さな寂しさを。

「でもな、長門」
 そんな俺でもこれだけは言える。これだけは間違ってないと言い切れる。
 なにせ俺自身が一生忘れる事がないだろう、あの冬の三日間に体験した事だからな。
 俺は長門の肩をそっと抱きしめながら偽らない気持ちの続きってヤツを言ってやった。


「お前は、長門有希は、ヒトと同じ夢を見る」


 それは雪のように儚く解けつつも、すっと心に染みこんでいく淡い夢。
 それは長門有希が望んだ、人並みの幸せを求める心のこもった暖かい夢。
 決して電気仕掛けの羊が飛ぶような夢じゃない。お前の夢は、俺たちが見る夢と違わない。

「俺に言えるのは、それだけだ」
「そう」

 長門は小さく頷くと自分の顔を近づけてくる。そのままそっと唇を重ね合わせてくると、俺の下唇を小さく甘噛みしてきた。と、突然俺の思考が白い闇に捕らえられる。そうとしか表現できないような感覚だ。
 白い闇は俺の意識中の何かをその身に奪い取ると、ゆっくりと結晶化して閉じ込めてしまう。俺は奪い返そうと中空に手を伸ばすが届かない。
「何をした、有──!」
「今回の件について、あなたの記憶を凍結する」
 長門は俺の手を取ったまま、朝露のような澄んだ瞳を向けてくる。何故だ。これは俺が覚悟を決めてした事だ。お前のせいにはしない。そう思ったから、だからこそ。
「だからこそ」
 俺と同じ言葉を被せて長門が制する。

「あなたの行為には感謝以上のものを感じている。でも、わたしはあなたが今回の記憶を持つ事が許せない。
 何故だか説明できない。上手く伝える為の言語が見つからない。でも敢えて表現するなら、おそらく、これがずるいと思われる行為だから」
 記憶の薄れと共に意識も遠のく。何がずるいのか判断する間も、俺の記憶を奪う行為に対しずるいと文句を言う間もなく、やがて俺の意識はぷっつりと途絶えてしまった。

「擬似戦略戦のときにあなたは言った。聖者鎮魂祭の時に涼宮ハルヒはおそらくその意思を見せた。
 ……勝負事にずるは無し、それがあなたの、あなた達の意思。わたしはその意思を尊重する」


- * -
 長門を上に乗せたまま、一秒とも永遠とも思われる時間が過ぎる。
 その間物寂しい部屋に聞こえてきたのは冷蔵庫の駆動音とアナログ時計の秒針を刻む音。
 そして時と共に速まる俺自身の鼓動と、まるで眠ってしまっているのではないかと思えるほど身動き一つとらない長門が発する小さな息遣いだけだった。
 あまりの事に、インターフェースもちゃんと呼吸とかするんだななんてどうでもいい事を考えてしまう。
 ところでこの状況、一体どうしたらいいのだろうか。そんな事を考えつつしばらく二人で重なったままでいると、
「処置完了」
その間にトランス状態を脱したのか、長門はそれだけ告げるとゆっくり立ち上がりキッチンの方へと向かっていった。
 俺は起き上がり目線だけで長門を送り出す。こたつに入りながらいつの間にか真っ暗になっている窓の外を見つつ、だがなぜかその点に全く疑問を抱かずにただのんびりと今回の事の顛末について考えていた。

 と言ってもルソーの件ではない。そっちに関しては、発情期が原因だと言うのなら時期が過ぎるまで俺が涙を飲んで我慢するしか手はないだろうからな。
 俺が考えていたのはもっと根幹の部分、詰まる所そもそも長門がルソーの翻訳機にあれほど興味を示したのは一体どうしてか、という点についてだった。

 犬の言葉を聴きたい、そして理解したい。そんな人の意思が作り出したのがあの翻訳機だ。
 実際のところ長門は重ね合わせたのかもしれない。人と犬のように、未だ人と遠き存在である自分の事を。
 だからこそ長門は、普段の長門らしからぬオーバーテクノロジー満載な翻訳機を生み出したのではなかろうか。
 ルソーのように自分の意思をちゃんと伝えられるようになる日を、その機会を、夢に見て。

 火にかけられたやかんの悲鳴と蒸気の音が止まった後も微かな音が部屋に響く。
 外界からだと気づき窓際に立つと、窓の外では雨が静かに、だが存在を知らせる位の音を立てて降っていた。
「雨か……最近は雪も降らなくなってきたな。そろそろ冬も終わりって事か」
 最近は肌寒さも無くなりつつある。カレンダーの数字を見ても冬を終えるいい頃合だろう。
「音は溶け出し雨が落ちる事を伝える。音は冬が去り世界に春の日々が訪れた事を伝える」
 雨音に溶け込みそうな静かな声が届く。振り向けば長門がお盆に湯飲みと急須を乗せて立っていた。
 コタツに戻った俺に湯飲みを差し出し、長門は俺の対面といういつもの場所に腰をおろす。
 そのままそっと窓の外を見つめると、雨にも負けないぐらい静かな音を紡ぎ落とした。

「冬は静に、寂に待つ。そう、雨が──」




「──また、ユキとなる日まで」

- 了 -
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コメント

よかったー

よかったー!
元気そうで良かったー!!!
あんまり音沙汰が無いんでどうしてるのかと心配していましたよう
新作SSは今から読んできます!ではっ!!

  • 2011/05/26(木) 12:58:23 |
  • URL |
  • やここ #Z5GHyyj6
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